事業承継:求めるべきは本質
“古人の跡を求めず 古人の求めたるところを求めよ”
有名な松尾芭蕉の言葉(出典元は「許六離別の詞」)です。
先代の事業を引き継ぐ後継者、後継経営者の方たちとともに向き合うべき、大切な示唆が含まれている詞です。
事業承継の基本を示す、不易なる一文の1つではないでしょうか。
私はこれまで多くの後継者の方々とお会いしてきました。また、ゼロからの起業・創業にチャレンジしている方ともお会いします。両者を比較したとき、良くも悪くも後継者には「先代がつくり、託してきた(託そうとしている)既存の会社・事業」が存在します。それらは貴重な経営資源として活用できるものであると同時に、自分の動きを縛る重き鎧になる可能性も秘めています。実際、個人差はあるものの、ゼロからのチャレンジで起業・創業に臨む人たちと比べ、後継者の動きはどこか重苦しく、機動力に欠けるケースが少なくありません。
その背景には幾つかの要因が存在します。なんとなくの流れに乗っているだけだと、多くの場合、後継者自身の動きは悪意なき複数の要因によって力を失っていきます。ここでは詳細を割愛しますが、その負の構造を断ち切り、これからも価値を生み出し続け、多くの人々を幸せにする「経営」を担うのが後継者・後継経営者の仕事です。
そして、後継者・後継経営者がその仕事を担い、役割を果たすためには、前提条件として忘れてはならない基本が幾つかあります。
例えば、事業承継とは、「今の会社」「今の事業」をそのまま引き受け、そのまま続けることではないということ。
創業者や先代は、「今の会社」「今の事業」のカタチを続けるために経営をしていたわけではなく、それぞれの時代において価値を生み出し続け、自分も含めて多くの人が幸せになることを目指して会社や事業のカタチをつくってきたはずです。会社や事業のカタチなど、状況が変われば変化するほうが自然な「手段」の1つでしかありません。
後継者・後継経営者は、これからの会社・事業を価値あるものとして成長・維持するために何が必要かをゼロから考え直し、勇気をもって経営を創造しなければなりません。
今の会社、今の事業のカタチを追いかけ、そこに自分を合わせることが「目的」ではないわけですから。
以前、事業承継期が近づく企業で、会社の在り方をゼロから考え直し、定義し直すプロジェクトを(外部専門家として)動かしたことがあります。そのとき、私は関係者全員に「もしも、今の時代に創業者が事業を興すとしたら・・・今の事業領域、カタチを選びますか?」と問いかけました。
答えは「いや、選ばないだろう」でした。であるならば、会社の本当の原点、創業者が目指したものの本質とは何だったのかを考え抜き、実現のためのカタチを描きなおす必要がありますね・・・とプロジェクトの前提条件が見えてきたことを記憶しています。
そのとき私たちが向き合ったことこそ、まさに “古人の跡を求めず 古人の求めたるところを求めよ” という芭蕉の言葉に通ずるものでした。
激動の時代において、価値を生み続ける存在であり続けようとするならば・・・事業承継に臨むものは自社のカタチ、事業のカタチの全てをゼロベースで考え、再定義しなければならない。
私はそのように考えます。