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2019-08-10

確実なものを求めない

もう少し環境が整ってから・・・ もう少し調べたり、考えてから・・・

何らかの決断を求められたとき、そんな思いに支配され、答えを出すことを先延ばししたり、ジャッジせずに成り行きに任せてしまう・・・。その結果として、目の前に存在していた課題解決や飛躍への機会を失ってしまったという経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。

私も過去を振り返ったとき、「あの時の自分はそうだったかもしれない」と思い当たることは幾つかあります。特に、若い頃(かなり若い頃・・・ですが・・・笑)は「優柔不断」な自分をマネジメントすることができず、たくさんの機会を自分で捨ててしまっていたと痛感します。

実は、多くの人は、(程度の差はありますが)そうした「優柔不断」な思考・行動に陥ってしまうことがあるようです。

例えば、行動経済学の世界では「確実性効果」という用語があります。簡単に言えば、人は「0か100という、確実な結論や状態を求めること価値を感じ、そこに非合理的なお金や時間を割く傾向がある」といったことでしょうか。

つまり、100%正しい選択をしたい、リスクゼロにしたいという気持ちが強く働くと、それは限りなく不可能であったり、ほぼ無意味(逆効果)であったとしても、そこにお金や時間を使い続けてしまうといったことを指します。

決めるべき時に決められず、行動すべきときに行動しないことで、本来は存在していた貴重な機会を失ってしまうような思考・行動を繰り返している「優柔不断な人」。あるいは、見せかけの「100%保証」に騙されてしまう人。そんな人の心理には、少なからず「確実性効果」が働いていると言われます。

しかし、言うまでもなく、現実社会では100%(あるいは、その裏返しとしての0%)の確率で保証される環境要因など皆無です。しかも、自分の選択が正しいことを100%裏付けするために、判断材料を集めようとすればするほど意思決定できない迷いの要因が増え、益々不確実性は増していきます。結局何も決められない・・・情報過多の時代だからこそ、そうした悪循環も増えています。

もちろん、経営や人生の諸問題と向き合うとき、然るべきモノの見方やヒトとのかかわり方、本質を見抜く観察力・分析力を磨くことで、ジャッジメントの精度を高めていくことはとても重要です。

ただし、100%の精度を求めるという非現実的な「心」に自分が支配されることなく、曖昧で不確かなものに対しても勇気をもって「決断・行動」し、そのことによって状況を自らの手で変えながら歩み続けることはさらに重要です。

私がそこのことに気づけたのは20代後半以降だったと思います。その頃からは「曖昧で不確かなもの」に対して勇気をもって決断・行動し、自分なりの「経営×キャリア」を自分の意志で創造することに努めてきました。そして、そうした思考行動の中で生まれるものこそが自分ならではの価値につながることに徐々に気づいていきました。

現在、私には仕事としてさまざまな人の「経営×キャリア」の歩みに触れる機会があります。そのとき、それぞれの方が本当の意味で自律的で創造的な歩みに踏み出していくことができるかどうかの大きなカギを握っているのが、「確実なものに過度に依存しない思考・行動ができるかどうか」という点だと感じます。

その壁を越えていくことの醍醐味を知り、その壁を越えた人だけに見える景色を知ると、徐々に「確実なだけの人生なんてつまらない」と思えるようになるのですが。もちろん、何事にも限度はありますが(笑)。

私自身、この仕事を続ける以上、自らもその壁の向こうに挑戦し続けなければなりません。時には不確かなものが積み重なり、胃が痛くなる面も否めませんが、その先にある景色を楽しむべく、もうひと頑張りします。

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